農産物輸出の処方箋 忖度せず理念議論を 特別編集委員 山田優

 前回1月28日付の本欄で「いつの間にか日本も輸出国気取りになってしまった」と書いた。安倍晋三首相が針小棒大に輸出の成果を語り、農水省が尻馬に乗っていることをやゆしたのだが、ある農水省OBから、「いやいや日本の農業は元々、輸出指向型だった」といさめられた。

 彼の言い分はこうだ。

 「今までの農政で2回輸出に力点を置いた。戦前の生糸や茶。戦後も北海道の合板や魚の缶詰、リンゴなどの輸出振興は農政の大事な柱だった。農産物規格も輸出を念頭に置いて決めていた。そういう意味で言うと、今回の輸出振興は3回目。目新しい話ではない」

 明治に入って始まった米、茶、生糸は、日本が近代国家になるために必要な外貨を稼いだ。戦後も食糧難が去ると、ミカンや水産物の輸出で産地は沸いた。

 1970年代に高度経済成長で国内需要が拡大し、度重なる農業市場開放と円の切り上げによる交易条件の悪化で、「輸出」は私たちの視野から消えた。だが輸出の素地は決して消えていないという。

 彼は次のような輸出振興の処方箋を紹介した。

 まずは国内農産物価格を下げ、最低限の国際競争力を高める。農家を所得補償制度で保護し、生産力は確保する。いわゆる欧州型だ。

 その上で値段が高い安いだけで価値が決まるコモディティー(一般商品)としての競争を、徹底的に避ける。多様な地方の産品という強みを生かし、オンリーワン商品に絞って海外で勝負する。品質の特徴が土地に由来することを保証する地理的表示保護制度が武器になる。

 「コモディティー重視型の農業の姿を、輸出をきっかけに革新するべきだ。現在の農政の枠組みを大きく変える必要がある」

 輸出を手掛かりにして、日本の農業をどう改革するのかという視点が大切なのは、おっしゃるとおり。

 安倍政権は、特徴のある和牛や米などの輸出拡大も掲げるが、「1兆円」というスローガンに引きずられ、理念は脇に置かれている。

 現役の農水官僚らに内々に話を聞くと、今の輸出政策の怪しさは重々承知しつつ、政権への忖度(そんたく)でものが言えない。逆に輸出と名付ければ、予算はたっぷりと降ってくるバブル状態。「同じあほなら踊らにゃ損だ」と自虐的に語る同省幹部もいた。

 盤石に見えた安倍政権も足元がふらつき始めた。そろそろ農産物輸出の理念を大っぴらに語る良い時期だと思うのだが。

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